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■木喰五行上人作の仏像及び遺品 “県指定民俗文化財”
木喰上人は、亨保3年(1718年)丸畑の伊藤六兵衛の次男に生まれ、幼名はさだかでないが、14歳で郷里を出奔、22歳で出家して行道といった。
後に木喰五行菩薩または明満上人とも号したが、一般には木喰上人の名で知られている。
45歳のとき、日本廻国修行を発願、木喰戒をうけて穀を断ち、56歳で旅に出てから37年間日本全土をくまなく遍歴し、行くさきざきで千数百体に上る仏像を刻み、文化7年(1810年)93歳で没した。
指定した仏像は、上人が廻国27年目の3回目に郷里へ帰った寛政12年に刻んだものである。遺品は上人が廻国の途上に記した歌集、笈箱、御宿帳等である。
| 住所表示 | 山梨県南巨摩郡身延町古関(丸畑) | ||
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| 備考 | 県指定 「有形民俗文化財」 指定年月日:昭和43年12月12日 | ||