鉱山臼は鉱山経営にとって重要な役割を果たし、必須の道具であった。戦国時代から江戸時代全般を通して鉱石の粉成作業に必ず使用したもので、現在も北海道をはじめ、本州各地の鉱山跡から出土しているが、鉱山臼には様々なタイプがあり、地域によってあるいは時代によってそれぞれ特徴のある臼が出現している。上臼と下臼を重ねて回転させる穀臼型の挽き臼が主体の鉱山もあれば、搗き臼専用の鉱山もある。湯之奥金山の挽き臼は「湯之奥型」、黒川金山の挽き臼は「黒川型」と呼ばれ、全国の鉱山臼の先駆けとなった。
 日本の鉱山の中でもっとも有名な佐渡金山は、挽き臼と叩き石が主体で、特に大きな挽き臼は見ごたえがある。江戸初期ころ、世界有数の銀の産金量を誇った石見銀山では挽き臼の代わりに「要石」と呼ばれた磨り臼が主体であった。こうした特徴はそれぞれの鉱山から採掘された鉱石の相違によって生じたと考えられている。

 
湯之奥型挽き臼
 湯之奥金山には「湯之奥型」と命名された特有の鉱山専用の挽き臼がある。
 この臼は微細になった鉱石を落とすための供給孔が軸受け孔とは別に設けられており、大きさもやや小さい。当時の製粉用穀臼が原型であったのだろう。南部町十島金山や静岡県土肥金山にも見られるが、分布範囲は限定されている。鉱山臼の初期の形態と見られており、使用期間も短い。


 




黒川型挽き臼
 塩山市黒川金山に特有の鉱山臼。上臼中央の軸受け孔を鉱石の供給孔にも併用するもので、軸が供給孔の内壁に納まる。軸の固定にやや難があるため磨り面が片減りしやすい。福井県大野市の金山や岐阜県神岡鉱山など広範囲に分布している。





リンズ型挽き臼
 上臼中央に設けられた孔の内部に「リンズ」と呼ばれる木製の部品をはめ込み、軸の固定と鉱石の供給を併用した形式の鉱山臼。江戸初期ころに開発され、全国に普及した。湯之奥型や黒川型の改良型と言われている。





搗き臼  

 鉱石を叩くために置く台石状の臼。この上に鉱石を載せ、大づちや搗き石で砕いていく。初期粉成作業で重要な役割を果たす。杵状のものや水車などの動力も利用された。湯之奥・佐渡・土肥・石見などの全国の金銀山で使用されている。
 杵を利用する場合は、搗き石を受ける搗き臼を地面に置き、その上に鉱石を置く。杵の先には搗き石が備え付けてあり、杵を足で踏んだり離したりを繰り返すことで上下し、搗き石が鉱石を叩き砕いていく。


 

磨り臼
 鉱石を磨りながら微粉化するための偏平で大きな台皿状の臼。磨り面に粗砕きした鉱石を置いて水を加えながら、片手で握ることのできるくらいの持ちやすく、磨り合わせの良い磨り石とセットで利用した。湯之奥金山や黒川金山、さらに安倍(梅ヶ島)金山など特に戦国武田氏の領内の金山で使用されている。



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