下部川の上流部右岸の崖上に、わずか十数の家々が軒を寄せ合っているのが湯之奥集落である。四方を深い山々に囲まれ、耕地の限られたこの村を支えたのは林業であり、狩猟であった。
 江戸時代を通じてこの村の名主を務めた門西家には戦国時代の穴山氏をはじめ、代々の領主から与えられた古文書が伝来している。いずれも竹藪の育成や、材木・毛皮の進上を命じたものである。登山口に位置する村として金山に関わりを持ち始めるのは、もはや産金量も減り、山中の人々が山を下った17世紀後半からである。

 湯之奥集落の上手北側に南面して建ち、集落全体を見下ろす。河内地方に広く見られる入母屋作りの中でも規模が大きい。茅葺。17世紀末から18世紀初頭の建築で、太く長大な梁を縦横に用いる点が特徴的である。
 同家所蔵の文書からは、同家の祖先・佐野縫右衛門尉が湯之奥を代表する人物であったこと、湯之奥が林山資源の宝庫として認識されていたことがわかる。


前へ戻る
トップページへ戻る